蕪嶋神社 – ご紹介

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御祭神

主祭神 市杵島姫命 いちきしまひめのみこと
相殿 天照皇御神 あまてらすおおかみ
   高霊神 たかおがみのかみ
   大物主命 おおものぬしのみこと

由緒

 市杵島姫命は、神代の時代に天照大神が素戔嗚尊との誓約の時にお生まれになった三女神の神。市杵島姫命、奥津嶋姫命、多岐津姫命の内の一神で美しい女神様であります。
 当神社の創建は鎌倉時代、伏見天皇の永仁四年六月[1296年]と伝えられ、武将工藤祐経の子の犬房丸は源頼朝に仕えていましたが、罪を犯して流罪となり現八戸市鮫町に移住しておりました。その時に鎌倉の都にある江ノ島と蕪島が似ていたので懐かしみ、それにちなんで市杵島姫命(弁財天)を祀り祟めたと伝えられます。
 後の子孫が蕪島向かいの岸で休んでいたところ海中から弁財天の尊像御鏡が浮かび上がって来たので、これを蕪嶋に祀ったと伝われております。地元である八戸藩では初代藩主以来、累代藩主の信奉が厚く、特に三代藩主南部遠江守には後世継ぎの嗣子が無かったので大変御心痛なされ蕪嶋神社に男子出産の祈願をしました所、御加護を頂き目出度く一男を授けられました。以来藩史には数々の御神徳が記されています。

御神徳

 八戸城から見ると東方角に当たり、東方角は日出る運気上昇の方位とされ、豊かな生命力・活力を授けて戴く吉方位に鎮座。
 市杵嶋姫命(弁財天)の御神像は、八の肘の八臂で手にはそれぞれ弓・刀・斧・羅索・矢・杵・矛・宝珠を持っており、財運・厄除け・知恵・音楽・諸芸・交通航海・産業振興・五穀豊饒・富貴の守護神として、また御神像の頭上には、鳥居と男神を頂く事から夫婦円満・縁結び・子授け・安産の神様として信仰を集めている。

蕪島

 江戸時代には蕪島周辺が八戸藩唯一の貿易港・漁港として藩の経済を支えた。大正八年には橋が架けられ、それまでは完全な離島で渡船に頼っていたものが自由に往来できるようになり、その後昭和十八年から埋め立て工事を行い現在のような陸続きとなる。長さは約300m・幅約140m・高さ約19m・周囲約800mの瓢箪型の島。大正十一年にウミネコの繁殖地として天然記念物に指定。

主な祭事

東日本大震災慰霊祭(三月十一日)
例大祭 (旧暦三月三日)
蕪嶋まつり (四月第三 土・日曜日)
さめ浜まつり (七月第四日曜日)
ウミネコ巣立祭 [ 平成 27 年から ]・ウミネコ塾(海の日/七月第三月曜日頃)
海防艦稲木慰霊祭 (八月九日)
納め弁財天年越し感謝祭 (十二月第一日曜日)
大晦日大祓い/干支花火昇運祈願祭 (大晦日)
元旦初日の出祭(正月元旦)
節分祭(二月一日)
御開帳(十二年一度 巳年の旧暦三月三日)

新社殿1階

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新社殿2階

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吹き抜け天井彫刻 天女像『飛天の奏』 -ひてんのかなで-

作者/鈴木彫刻工房 仏師・彫刻師/鈴木 昭則

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五体の天女が「笙・竜笛・太鼓・琵琶で雅楽を奏で、中央の天女が蕪の花を持ち、ウミネコが飛び立ち神様の願い事を叶える」社殿から飛び立つイメージで製作。

 
 

幣殿の天井画 『蕪嶋神龍』-かぶしましんりゅう- 弁財天の御使-みつかい-とされる龍

作者/水墨画家 白浪-はくろ-(青梅市在京 1945年生 中国上海市生まれ)

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白浪…中国画及び書道の技術を基礎とし、竹内栖鳳、横山大観、川合玉堂、東山魁夷らの日本画や、モネ、ゴッホなどの印象派の西洋画家の影響を受けた結果、単に墨の黒だけでなく、彩色を施した白浪独自の幻想的、優美な画風確立した。
◎主な作品 鎌倉建長寺壁画「柏槇」、東京 赤羽静勝寺 雲龍図、伊香保 天宗寺本堂天井花鳥画等
◎作品収蔵 京都建仁寺・京都高台寺・奈良唐招提寺・大阪光明寺・高野山・比叡山
◎受賞 中国文化部中国画国際展銀賞、内閣総理大臣賞、文部大臣賞、外務大臣賞、高知県知事賞、全国水墨画大賞

 
 

令和の御神像『八臂弁財天』-はっぴべんざいてん-

作者/鈴木彫刻工房 仏師・彫刻師/鈴木 昭則

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一面八臂(8本の腕)の弁財天。
宝珠・宝剣・宝棒・宝箭・宝弓・宝輪・鉾・鉤を持ち、頭上には幸福・金運・五穀豊穣、水の神様である、人頭蛇身の宇賀神が鎮座し、その前に鳥居がある。